

職人社労士の前田です。
二日間にわたり人事コンサル養成講座を受講してきました。
私が一番苦手とする零細企業向け、つまり人事課はもちろん、総務課もなく、社長が
一人で頭の中で人事をこなす企業に最適な人事コンサル術を習得してきました。
人事コンサルの初心者は、100人以上の会社より10人の会社の方が人事制度を
導入しやすいとお思いでしょうが、10人くらいの会社が一番大変なのです。
なぜなら、システマチックな人事制度が分かる事務方の人間がいないからです。
「10人くらいの会社には人事制度は必要ない!」と私は言ってたのですが、最近ニーズ
があるようです。
それだけ、企業規模の大小にかかわらず「人のモチベーション」に関する経営者の悩み
は普遍なのでしょう。
さて、人の育成と言えば、伝統芸能の世界で用いられる「守・破・離」をご存じでしょうか?
守=型を守り型を覚える。
破=型を破り試行錯誤する。
離=型から離れ新しく型自体を作る。
私も人事コンサルする際に、仕事のできる人の行動を真似しなさい(守)、他社の良い事
例を参考にしなさい(破)、それから自ら工夫し、創造性あふれる自社のオリジナルを作り
出しなさい。とアドバイスすることがあります。
これは、ある人事コンサルの方から勧阿弥・世阿弥が広めた能の世界の指導方法だと
聞いていたため、そのまま「請け売り」で引用していたのでした。
あるとき、人材の指導育成に参考にしようと、世阿弥の「風姿花伝」を読んだところ、なん
と一言も「守・破・離」の用語はでてきませんでした。
現代語訳とはいえ、私の読解力が弱いせいかと思い、もう一度読みましたがありません。
そうです。「守・破・離」とは千利休一派の茶の世界で使用されていたのです。
なんと恥ずかしいことでしょう!(ただし、千利休一派も世阿弥が創りあげた能の世界を
参考にしていたという学説はあります)
しかし、「守・破・離」はさて置き、「風姿花伝」は600年前に書かれたものとは思えない
ような現代に通じる知恵があふれてます。
例えば、
【第五 奥義に讃歎していわく】
大和と近江では芸風が異なる。また田楽の芸風は申楽とは全く異なるが、一向きの芸
のみ専念するものはまことに芸を得た者とは言えない。されど世の役者どもは、慢心、
あるいはものにならないためか一向きの芸のみを得て多様な芸を知らず、よその芸を嫌う。
一つの得意芸で名声を得ても久しくないと天下に認められず、あまねく芸に通じ、天下の
許しを得るほどの者であればどんな芸をしようと面白くなるものだ。芸と基準は各人各様
であっても面白いと感じるところは万人共通でのもので、この面白いと感じることこそ花
であり、万物共通の花を持つ役者でなければ天下の許しを得ることは叶わない。
つまり顧客志向であれと600年も前から伝えているのです。
人事コンサルとしての私自身にあてはめると「職能資格制度」「役割等級人事制度」「中
小零細企業向け蓮室式人事制度」など多様な技を習得し、顧客の要望にあった人事制
度を導入することが世間に認められるコンサルに成長するということでしょう。
一つの型だけをクライアントにあてはめるのではなく、「人の能力にフォーカスした制度」、
「仕事の改善にフォーカスした制度」、「労働組合にマッチした制度」、「j経営者のカリス
マを反映させる制度」などニーズに応じて構築できる技が世阿弥のいう「花」になるので
しょう。
最後に、第七の別紙口伝では、当芸は一子相伝として、たとえ後継ぎが一人しかいなく
ても、その者が無器量であれば伝えてはならぬ。
「家はただ続くから家なのではない。継ぐべきものがあるゆえに家なのだ。人もそこに生
まれただけでそこの人とはいえぬ。その家が守るべきものを知る者のみ、その家の人と
いえるのだ。」
と伝えてます。
現代の中小企業の経営者が戒めなければならない言葉ではないでしょうか!?
以上
ブログに対するコメント : 投稿者 : 前田 : 2008年09月01日